【梅宮辰夫】慢性腎不全のため死去。最後まで見せた俳優魂

2019年12月12日木曜日

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俳優の梅宮辰夫さんが12月12日午前7時40分、慢性腎不全のため、神奈川県内の病院で死去した。81歳でした。



クラウディアさんが異変に気付く



関係者によると、妻のクラウディアさんが梅宮さんの異変に気付き、すぐに救急車で病院に運んだといいます。

梅宮辰夫さんはこれまでに6度のがんに見舞われた



梅宮辰夫さんは2018年9月に前立腺がん、2019年1月には尿管がんの手術を受けました。30代半ばの睾丸がんから実に6度のがんに見舞われてきた。

昨年からは人工透析を始めており、娘の梅宮アンナがブログで「80歳で人工透析に入りました。週3回、1度に4時間」などと明かしていた。

病状を伏せてきたのは梅宮辰夫の俳優魂



最近になるまで病状を伏せてきたのは、病名が知られると、はつらつとした役が演じにくくなったり、キャスティングから外されることを懸念したからだといいます。現場に立つことを最優先する俳優魂は最後まで健在でした。



梅宮辰夫の経歴



梅宮辰夫さんは日大法学部在学中に銀座でスカウトされ、1958年東映ニューフェース5期生に合格しました。

翌年、映画「少年探偵団」シリーズで主演デビューを果たした。アクション映画や仁侠映画で硬派の役柄を演じていたが、私生活が派手になっていくのを見ていた岡田茂プロデューサーが私生活に近い役を当て、1965年からの「夜の青春シリーズ」、1968年からの「不良番長シリーズ」がはまり役となりました。

1972年には自身が経営する「梅宮企画」倒産で多額の借金を背負った。が、この年のクラウディア夫人との結婚、長女アンナ誕生を機に好転し、翌年スタートの「仁義なき戦い」などの実録路線で、貫禄のある存在感を示しました。

1975年の「前略おふくろ様」の好演をきっかけに「スクール☆ウォーズ」「はぐれ刑事純情派」「特命係長 只野仁」などのテレビドラマでも名脇役ぶりを発揮しました。

20代からの美食ざんまいで肥やした舌を生かし、料理家としての才能も知られ、「梅宮辰夫の漬物本舗」や「梅宮辰夫の炭焼き家 炎園」などの事業も展開しました。

芸能界では松方弘樹さんとの盟友関係が知られ、「スクール☆ウォーズ」で夫婦役を演じた和田アキ子とは「あんちゃん」「アッコ」と呼び合う仲でした。

バラエティー番組「めちゃめちゃイケてるッ!」で加藤浩次が演じた爆裂お父さんのモデルと言われました。

梅宮辰夫のプロフィール



1938年3月11日生まれ。中国ハルビン市出身。

祖父が日露戦争に従軍、その後妻とともに旧満州・奉天に移住していた。終戦後の1946年、医師の父は茨城県水戸市の病院に勤務し、一家で移住した。

旧満州で子どもの頃から親しんだ釣り好きとしても知られ、釣り番組にも数多く出演した。

私生活では、1968年、3年間同居し、妊娠中だった岩井常代と婚約を解消。同年12月、銀座のクラブ「姫」のホステス大門節子と結婚するが半年で離婚。1972年、米国籍のクラウディア・ビクトリア・ルールダウと再婚しました。

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